膣は「鈍感な器官」とされることがあります。確かに解剖学的には、膣内には触覚や痛覚を司る神経終末が少なく、陰核や外陰部に比べて快感を感じにくいとされてきました。しかし、実際には性行為や深部への刺激によって、多くの女性が恍惚感や全身的な陶酔、さらにはスピリチュアルな感覚さえも体験することがあります。この現象の背景には、迷走神経(vagus nerve)の働きがあります。
迷走神経は脳から首、胸部、そして腹部臓器へと広がる神経で、脳神経の中で唯一、腹部まで達するものです。副交感神経の中核として、呼吸、心拍、消化、そして深層の安心感や情動にも深く関わっており、身体と心をつなぐ重要な“内なる回路”とされています。
近年の研究では、膣や子宮頸部の深部が迷走神経と直接つながっていることが示されており、この神経経路は脊髄を通らずに脳幹へと信号を送る独立したルートであることが分かってきました。このため、たとえ脊髄損傷によって下半身の感覚が失われていても、オーガズムを感じることができる例が報告されています。つまり、膣の深部の刺激は、迷走神経によって“快感”として脳に伝わり、それが陶酔や変性意識を引き起こす可能性があるのです。
興味深いのは、同様の現象が男性にも見られるという点です。それが、いわゆる「ドライオーガズム」です。これは射精を伴わずに得られるオーガズムで、一般的な性的快感とは異なる、より内的で全身的な恍惚感を伴うとされています。ドライオーガズムは、射精中心の性的反応とは異なり、前立腺や会陰部などの深部を意識することで得られる場合が多く、ここにも迷走神経や骨盤神経が関与していると考えられます。
つまり、男女を問わず、身体の深部──とくに骨盤内や会陰部といったエリアを介して起こるオーガズムは、単なる生殖行為としての性的反応ではなく、神経回路を通じて全身と意識に作用する“深層的な覚醒”の体験である可能性があるのです。これがクンダリーニ覚醒やエナジーオーガズムといった体験とも重なる点です。
膣が“鈍い”というのは、外側の触覚には乏しいというだけであり、その深部では非常に繊細で力強い神経的快感が存在しています。同じように、男性にとっても、性器の外側ではなく内側──とくに骨盤底や会陰、前立腺といったエリアに意識を向けることで、深い快感が生まれる可能性があります。
快感は“点”ではなく、“流れ”であり、“神経を伝って意識を変容させるもの”です。迷走神経は、その流れの静かで力強い導管です。この回路を通して私たちは、肉体を越え、自己と世界との境界を一時的に失うような、深い一体感へと導かれるのです。
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クンダリーニ覚醒とエナジーオーガズム ー 脳と神経がひらく“至福体験”の正体
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